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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)1252号 判決

原告

堀田正俊

右訴訟代理人弁護士

内藤義三

右補佐人弁理士

足立勉

被告

大井建興株式会社

右代表者代表取締役

大井友次

右訴訟代理人弁護士

四橋善美

髙澤新七

加藤英男

舟橋直昭

髙橋譲二

右補佐人弁理士

石田喜樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、二億円及びこれに対する平成九年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  被告は、建設業などを営む株式会社であるが、昭和五一年ころ、その業務の一環として自動車立体駐車場の研究開発及び販売を行っていた(被告代表者)。

2  原告は、昭和四三年四月から同四六年三月まで被告に雇用されていたものであるが、同四九年一月から本社開発部部長として再び被告に雇用され、同五一年一月一五日からは、本社営業第一部長として自動車の駐車場に関する業務を担当していた(甲二三、被告代表者)。

3  被告は次の各発明(以下「本件各発明」という。)の特許権(以下「本件各特許」という。)を取得した。

(一) 発明一(以下「本件発明一」という。)

発明の名称 連続傾床型自走式立体駐車場

出願 昭和五一年四月十三日特願昭五一―〇四二二一三の分割

公開 昭和五九年八月二九日特開昭五九―五〇八六七

公告 平成七年五月二四日特公平七―〇四七八九五

登録 平成八年七月一〇日特許第二〇六六五〇四号

発明者 堀田正俊(原告)

出願人 大井建興株式会社(被告)

特許請求の範囲

車輌がほぼ矩形に三六〇度旋回走行する毎に一階分の高さを昇降できるよう複数層の各階へ螺旋状に設けられた走行用通路と、該走行用通路の外側に設けられた任意数の駐車区画とを有する自走式立体駐車場において、前記走行用通路を、内外の路縁が不等勾配に形成された二対の直進部と各直進部を連結する四つの傾斜曲面状のコーナー部とにより構成して勾配が連続する傾斜路とし、かつその連続傾斜路の平均勾配が六パーセントを超えない駐車可能な緩勾配に形成するとともに、前記二対の直進部のうちの一対の直進部の内外両側及び他の一対の直進部の外側に、通路と同一面で連なる複数の駐車区画を設けたことを特徴とする連続傾床型自走式立体駐車場。

(二) 発明二(以下「本件発明二」という。)

発明の名称 連続傾床型自走式立体駐車場

出願 昭和五一年七月一日特願昭五一―〇七九一三八

公開 昭和五三年一月一四日特開昭五三―〇〇四三三一

公告 昭和六〇年一二月六日特公昭六〇―〇五五六六九

登録 昭和六三年三月二四日特許第一四三二六九五号

発明者 堀田正俊(原告)

出願人 大井建興株式会社(被告)

特許請求の範囲

近接して並立する二つのフロア群の一側のフロアと他側のフロアとがそれぞれ相反方向へ車両の駐車および走行可能に傾設されかつ前記一側の当該フロアの上端縁部と前記他側の当該フロアの下端縁部とが互いに同高関係となる千鳥状に配置されていて、前記両側の各フロアには車両が通行するための通行区と、この通行区の外側路縁と同通行区の上下端縁とに外接して車両を駐車するための外側駐車区とを設けた駐車場の基準階において、前記両側フロアの折り返し部には各フロアの上下端部付近内側を局部的に切除してフロアの幅方向に後退させ、水平状の横端縁と傾斜状の縦端縁とをもつ後退部をそれぞれ形成するとともに、前記両側フロアの前記折り返し部にて相対向する両後退部の前記両縦端縁間には前記一側の各フロアと前記他側の各フロアとを連通するために水平状の外側路縁と傾斜状の内側路縁とをもつねじれ曲面が付与された通行専用の連絡路を橋架して前記両側フロアの通行区及び当該連絡路とを一周回の走行によって一フロア高を昇降しうるようにほぼ螺旋状に連続せしめ、さらに、前記各フロアの上側後退部に形成された前記横端縁と下側後退部に形成された前記横端縁との間には、前記両側フロアの各通行区の内側路縁にそれぞれ内接する内側駐車区を傾設したことを特徴とする連続傾床型自走式立体駐車場

4  本件は、原告が、本件各発明の発明者は原告であり、その特許を受ける権利(以下「本件各権利」という。)を被告に譲渡した(以下「本件譲渡」という。)として、被告に対し、特許法(以下「法」という。)三五条三項に基づき二億円の対価(以下「本件相当対価」という。)の支払を求めた事案である。

二  争点

1  本件各発明の発明者は原告か。

(原告の主張)

本件各発明の発明者は原告である。

(一) 本件各特許の明細書は、出願人(被告)の意思に基づいて記載されたものであり、出願人は、発明者が原告であると表示されることを知って出願したものであるから、特段の事情がない限り、発明者は明細書記載のとおりと推定してよい。

(二) 本件各発明の着想のもととなった資料は、原告に提供されたものであるし、明細書の原案も原告が書き、岡田特許事務所に持参した。

(三) 原告が、本件各発明の無効審判において、本件各発明が冒認出願であると主張したのは、本件各発明の発明者が、右資料の作成者であることを主張したにすぎない。

(四) 被告は、別件の訴訟において、本件各発明は原告の職務発明である旨主張していたのであるから、本件で職務発明性を否定するのは信義則に反する。

(被告の主張)

本件各発明の発明者は被告代表者である。

(一) 被告は、原告の強い要求に応じて、形だけ、本件各発明の発明者を原告にしたにすぎない。

(二) 本件各発明は、いずれも、アメリカ合衆国の公知既存技術をもとにしたものであるか、僅かな改良を加えたものにすぎず、しかも、右改良も、被告の設計スタッフが共同で行ったものであるから、原告は、本件各発明に全く貢献していない。

(三) 原告は、本件各発明の無効審判において、原告自身が発明者でないと主張しているが、資料の作成者が発明者であると考えていたのであれば、新規性の欠如だけを主張すればよかったはずである。

(四) 被告は、別件の訴訟においては、原告が、本件各発明を基礎にして、別の発明をしたと主張しただけであるし、そもそも、右訴訟において、本件各発明の発明者は争点になっていない。

2  本件相当対価請求権は時効消滅したか。時効の起算点はいつか。

① 本件譲渡は、登録がされることを条件とする譲渡であるから、登録査定がされたときか。

② 登録時に対価を支払うとの慣習があるので、登録査定がされたときか。

③ そうでないとしても、相当対価の権利行使は登録時、登録査定時ないしは登録査定を知ったとき(以下、まとめて「登録時」という。)から可能であるから、これらの時期が時効の起算点となるか。あるいは、特許出願の日か。

(被告の主張)

本件相当対価請求権は、遅くとも特許出願の日を起算点として消滅時効が進行するから、本件発明一については昭和六一年四月一三日を、本件発明二については昭和六一年七月一日を、それぞれ経過することにより、いずれも時効消滅しているので、被告は右各時効を援用する。

① 停止条件付権利の譲渡は特許法上認められず、仮に認められるとしても、発明の完成を停止条件とする場合のみである。本件のような、特許登録の可能性が低く、登録されるとしても何年先になるかわからないような権利の譲渡においては、当事者の合理的意思解釈としても、登録を停止条件とする内容の譲渡契約であったと見ることは不可能である。

登録の可能性が低い場合は、当事者は、譲渡時に対価を低く設定することで、右事情を既に評価しているから、譲渡人が担保責任を問われる余地はなく、法三五条が権利承継時に対価請求権が発生することを定めている以上、発明性(登録性)がないことを理由に支払が拒否されるという不合理な事態も生じない。

② 原告主張のような支払方法は、社内規定による具体的取決めがある企業における実態を示すものにすぎず、このような規定があると、使用者が登録・実施を行うかどうかで支払いが左右されることになり、従業員に不利であるから、これを慣習とみることはできない。

仮にそのような慣習が存在するとしても、慣習は、当事者の意思を合理的に解釈する材料にすぎないから、当事者が慣習の存在すら知らない場合は、慣習をして当事者の意思とすることはできない。本件譲渡時において、原告も被告代表者も、原告主張のような慣習が存在することは知らなかった。

③ 相当対価請求権は、「特許権」でなく、「特許を受ける権利」の承継の対価である以上、権利承継の時点で対価請求権が発生している。このことは、法三五条三項の文言からも明らかであるし、そうでないと、譲受人が出願をせず、あるいは登録を受ける努力をしないときは、譲渡人いつまでも相当対価を請求できないという不都合が生ずる。

法三五条四項にいう「使用者等が受けるべき利益」は、当該発明により使用者等が現実に受けた利益ではなく、権利承継時に客観的に見込まれる利益を指すのであるから、右時点で算定可能である。権利承継時に相当の対価を決するには算定の資料が乏しいことが多いが、これは事実上の困難性にすぎない。従って、権利承継の時点で権利行使は可能である。

(原告の主張)

① 本件各権利の譲渡は条件付譲渡である。譲渡契約自体は各出願の時点においてされているが、本件各発明は特許発明と言えるものかどうか問題があったため、特許発明として登録が認められることを停止条件として譲渡したものであり、譲渡の有効性確定時は各登録時である。発明の完成と登録性(発明性)とは、特許庁の判断を待たざるを得ないという点では共通であるから、いずれも条件たりうるのである。

そうしなければ、登録を受けられない場合に、原告は被告に担保責任を負わなければならず、原告が登録前に対価を請求しても、被告が発明性(登録性)を欠くことを主張して、これを拒むことができるという不合理が生ずる。

② 本件譲渡は黙示の意思表示によって行われ、本件相当対価の支払時期についても明確な合意がないから、この点について慣習があれば、それによるべきである。

国有特許については、職務発明の対価は、登録時の「登録補償金」と、国の収入実績により算定される「実施補償金」とに分けて支払うと規定されており、我が国のほとんどの企業は、これに準拠して、相当対価請求に対する具体的な支払時期は、登録時、実施時の二本立てにしているから、登録時や実施時を支払時期とする慣習があるといえる。

③ 本件各権利の譲渡自体は譲渡契約時で全面的に有効だが、本件相当対価請求権は、登録時から発生するので、時効の起算点は登録時である。譲渡時に対価請求権が発生し、一〇年で時効消滅すると解すると、発明者が使用者の下にあって権利行使が困難であること、発明性があいまいな状況であること、実施利益もまだ現実に発生していないことなどから、実質上、権利行使の大半は不可能となり、法三五条が労働者保護を図った趣旨に適合しない。譲受人が出願しない場合は考えにくいし、そのような場合は条件成就の妨害として処理すればよい。

法三五条四項は、相当対価の額を、使用者が受けるべき利益に基づかなければならないと規定するところ、未実施時期においては、右利益はほとんどの場合算定不能であり、相当対価の額は、予測することすら不可能、困難であるから、少なくともその算定が実質的にも可能になる時点までは、法律上権利行使の可能性はない。

3  被告は相当対価を弁済したか。

(被告の主張)

被告は、本件譲渡の対価として、原告の希望どおり、原告が昭和五一年四月一日に設立された訴外株式会社総合駐車場コンサルタントの代表取締役に就任することを認めたのであるから、原告に対して、相当の対価を既に支払済みである。

(原告の主張)

本件譲渡と、右会社の代表取締役にしたこととの間に、因果関係は存在しない。

4  原告の相当対価請求は、権利濫用ないし信義則違反か。

(被告の主張)

原告は、特許庁に対し、本件各発明の発明者が原告でないと明言しており、被告は、原告の右のような態度から、原告が本件相当対価請求権を行使するとは全く考えていなかったのであるから、原告の本件請求は、権利濫用もしくは信義則違反となる。

5  本件相当対価の額

(原告の主張)

被告は、本件発明二が公告された昭和六〇年以降から現在に至るまで、本件各発明を実施した駐車場を、合わせて一〇〇以上施工あるいは設計受注する等して、二〇〇億円以上を売り上げ、その利益は二五億円を超える。

本件各発明についての被告の貢献は、特許出願費用などを除けば他に具体的なものは見当たらないので、本件相当対価の額は少なくとも二億円を下らない。

第三  当裁判所の判断

本件においては、本件各発明が原告の発明であるかについて争いがあるが、被告の主張によれば、仮に、本件各発明が原告の発明であり、特許を受ける権利が原告から被告に譲渡されたとしても、その対価請求権は既に時効消滅しているというのであるから、本件発明者が誰であるかの判断はひとまずおいて、まず、消滅時効が完成しているかについて判断する。

一 法三五条三項は、職務発明について、特許を受ける権利を使用者等に承継させたときは、発明者は使用者等に対し、相当の対価を請求できる旨規定しているところ、この対価は、発明により使用者等が現実に受けた利益を指すのではなく、特許を受ける権利を取得することに対する対価、いわば特許を受ける権利を売買した対価であるから、特段の事情のない限り、承継時において発生し、その時点から権利を行使できるものである。

二  原告は、相当対価請求権が発生するのは登録時である、あるいは、承継時においては対価の算定が不可能・困難であり、権利行使ができないと主張するが、法三五条三項が、承継時に対価請求権が発生することを規定していることは、その文言から明らかであるし、特許を受ける権利は、特許権とは別個の権利として、移転や質権の目的とすることができるのであり(法三三条一項、二項)、それ自体一定の額として算定することができるのであるから、この権利を承継させることによる対価である相当対価請求権も、承継時に算定することが可能である。登録の有無や、実施によって実際に使用者が得た利益の額は、相当対価算定の資料とはなるが、これが直接の算定根拠となるわけではないから、承継時において右利益の額が不明であることは、対価算定が事実上困難であることを示すものではあっても、このことから直ちに権利行使が不可能であるということにはならない(大阪高裁平成六年五月二七日判決参照)。

仮に登録がされなかったり、利益が生じなかったとしても、そのことによって当該発明の発明性が否定されるわけではないし、当該権利が無価値であったことにもならないのであって(従って、使用者等が、登録前であることを理由に、対価請求を拒めるという事態は生じない。)、登録の有無、実施による利益の額も、やはり、斟酌すべき事情の一つにすぎないのである。

原告は、相当対価請求権が譲渡時から一〇年で時効消滅するのでは、譲渡時において、発明者が使用者の下にあること、発明性があいまいである(登録されるかどうかが不確実であるとの趣旨であると解される。)こと、実施利益が発生していないことなどから、権利行使が困難である間に権利が消滅することになり、労働者保護が図れないと主張するが、譲渡から登録までに長期間を要することも稀ではない特許出願の実情を考えると、相当対価請求が可能となる時期を遅らせることは、かえって労働者の保護にならないとも考えられる上、登録時であれば発明者が使用者の下にあるという事情が解消されているわけではないし、前述のとおり、登録の有無、実施利益の額が不明であっても、対価の算定は可能であるから、原告の批判は当たらない。

また、原告は、使用者が受けるべき利益は、使用者等が当該発明の独占的実施権を取得することにより見込まれる利益、あるいは、他人に実施許諾した場合に得られる実施料を基にした利益であるところ、自ら独占的実施を行い、あるいは、他人に実施許諾するには、実施許諾を受けない者に禁止権を行使できなければならないから、使用者等が受けるべき利益が算定可能となるのは、実施料を得られる見込が確認できる登録時であると主張するが、使用者等が受けるべき利益を原告のようにとらえたとしても、特許を受ける権利の譲渡を受けた使用者等は、当該発明を出願せずにノウ・ハウとしたまま、独占的に実施したり、他人に実施許諾したりすることが可能なのであるし、そのために、実施許諾を受けない者に対し差止が可能である必要はないから、原告の主張には理由がない。

三  さらに、原告は、本件相当対価請求権は、登録を停止条件として効力を生ずると主張し、原告本人尋問において、原告が被告代表者に対し、「岡田弁理士が、本件第一特許が登録になる可能性は十分あるんじゃないかと言っている。」と伝えたところ、被告代表者は原告に対して「それは結構な話だ、ひとつ一生懸命やってくれ。特許がおりたときにはそれなりのことはする。」と言った旨供述するほか、原告は特許登録が受けられる可能性はあまりないと思ったが、特許がとれたときには何らかの見返りが受けられると思っていたと供述する。

しかしながら、被告代表者の尋問の結果によれば、被告は当時としては中小企業で、代表者が先頭になって従業員ら一同が駐車場などの事業の開拓に工夫研究をしていた状況で、従業員の発明に対して対価を支払うような意識はなかったと認められ、前記原告本人尋問の結果はこれに照らしてにわかに採用できない。

なお、被告代表者の尋問の結果によれば、被告代表者も、本件各発明が登録を受けられる可能性はそれほど高くないと思っていたことは認められるが、だからといって、本件譲渡が当然に特許を受けることを条件とするものとなるわけではないし、現実に登録を受けることを条件として対価を支払う旨の約束がなされた事実は認められない。

そもそも、本件各発明が登録されなかった場合には本件譲渡が無効になるとの条件を付することによって利益を受けるのは、条件不成就の場合に本件譲渡の対価を支払う必要のなくなる被告であって、原告でないから、原告が本件譲渡の効果を登録にかからせる理由はない。登録可能性が低いこと自体は、登録を条件にかからせることの根拠とはならない。

原告は、登録を受けられない場合には担保責任を負わねばならないから、これを避けるために登録を条件としたはずであると主張するが、担保責任は、目的物が通常有すべき性質を欠いている場合に発生するところ、特許を受ける権利は、もともと登録されるとは限らない性質のものであるから、登録されることが「通常有すべき性質」であるとはいえず、また、原告が、本件各発明が登録されることを保証していたわけでもない(前述のとおり、原告、被告の双方ともが、本件各発明が登録可能性が低いと考えていた。)から、登録がされないものであったことをして、瑕疵があるということはできないのであって、原告の主張には理由がない。

四  さらに、原告は、本件相当対価の支払時期を登録時や実施時とする慣習があると主張する。

確かに、甲一〇の一によれば、国有特許については、職務発明の対価である補償金が、登録時に登録補償金として、さらに、実施等により収入を得た場合に実施補償金として、それぞれ支払われることになっていることが認められ、甲一〇の二によれば、職務発明規定を持つ企業のうち四分の三程度が、出願時及び登録時に通常補償として、さらに、実施効果が顕著であり、しかも企業に対して利益をもたらした場合に実績補償として、それぞれ金銭補償をしていることが認められる。

しかしながら、右の点から直ちに、職務発明規定を持たない企業を含めた我が国の企業において、登録時及び実施時以降に相当対価が支払われることが慣習となっているということはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

原告は、対価請求権についての規定を持たない企業は、対価請求権について関心がなく、法律を尊重していないのであるから、その存在は、慣習の成否にあたって重視すべきではないと主張するが、前述したように、特許を受ける権利の譲渡時に対価請求権が発生している以上、右時点で対価全額を請求できるのが原則であって、登録時及び実施時以降に分割して払う旨の規定は、その支払時期を遅らせ、かつ、実施時以降に支払われるものについては、企業が利益を上げたことという条件を付するという点で、発明者に不利益な特約なのであるから、原則どおりの運用が可能である企業をして、一律に、法律を尊重していないとして、考慮しないということはできないのであって、結局、職務発明規定を持つ企業についての資料のみで、右慣習の存在が立証されたとはいえない。

五  以上のとおり、本件譲渡について、停止条件付譲渡であったとか、登録時を支払時期とする慣習があったとは認められらないから、本件相当対価は本件各権利を承継させたときに発生し、原告は、右時点から本件相当対価請求権を行使することができたことになる。本件各発明の特許出願の日が、本件発明一については昭和五一年四月一三日、本件発明二については昭和五一年七月一日であることは当事者間に争いがなく、仮に本件各発明の発明者が原告であり、原告が対価請求権を有していたとしても、遅くとも右各時点において、原告から被告に対し、本件各権利の承継があったものと認められるので、本件相当対価請求権は、本件発明一については昭和六一年四月一三日を、本件発明二については昭和六一年七月一日を、それぞれ経過することにより、いずれも時効消滅していることになる。

六  以上判示したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田武明 裁判官佐藤哲治 裁判官達野ゆき)

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